東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2661号 判決 1971年12月22日
控訴人 柏原芳雄
控訴人 神谷昭雄
控訴人 兼岡敏夫
控訴人 小林一雄
控訴人 星房八
右控訴人五名訴訟代理人弁護士 中田長四郎
右控訴人柏原、同兼岡、同小林、同星訴訟代理人弁護士 井出嘉宏
同 宇野文一
田原五郎
被控訴人 アサヒ交通有限会社
右代表者代表取締役職務代行者 玉重一之
右被控訴人補助参加人 末広直治
右同 田中忠義
右被控訴人および補助参加人両名訴訟代理人弁護士 笠原慎一
主文
原判決を取消す。
昭和四一年八月五日に開催された被控訴人の臨時社員総会における
「末広直治および田中忠義を取締役に選任する。」旨の決議は無効であることを確認する。
訴訟費用は、第一、二審を通じ、補助参加によって生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余の部分は被控訴人の負担とする。
事実
控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の昭和四一年八月五日開催の社員総会における『末広直治および田中忠義を取締役に選任する。』旨の決議は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人および補助参加人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次につけ加えるほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人らの主張)
控訴人柏原、同兼岡、同小林、同星訴訟代理人は、無効確認を求める前記決議(以下本件決議という。)が無効である理由を次のとおり付加補充すると述べた。
一、昭和四一年七月二五日当時被控訴人の取締役であった控訴人柏原、同神谷、同兼岡の三名は右取締役の地位を辞任したことはない。すなわち、前同日開催の社員総会においては、被控訴人が一時保有していた持分の処理につき審議されたのみであって、補助参加人末広の請求に基づく臨時社員総会招集に関する議題は付議されなかったから、取締役が全員辞任し、同年八月五日に後任取締役選任のための社員総会を開催する旨の決議がなされた事実はない。
二、仮に、原判決において認定されたとおり昭和四一年七月二五日の社員総会において補助参加人末広からの取締役改選請求が議題とされたとしても、前記控訴人柏原ら三名は単なる「辞任」あるいは単なる「改選の際との期限付辞任」をしたものではなく、当時取締役であった右控訴人三名および補助参加人田中が八月五日開催予定の総会において再任されるべきことを相互に了解のうえ右八月五日の総会までという期限付辞任または再任を条件とする辞任をし、かつこれにあわせて補助参加人末広を取締役に加えるため取締役を一名増員することの決議がなされたのである。
もし、右の事実を目して、少なくとも取締役全員が辞任したというのであれば、補助参加人らは、辞任とあわせて一個の包括的意思表示を構成する「現取締役が再任されるべき旨の」意思表示の内容を認識しながら、これに異議を述べなかったのであるから、控訴人柏原らの辞任即再任の決議と、八月五日の総会においては取締役一名増員のための「改選」をなすべしとの決議があわせ行なわれたということになる。原判決が単に「期限付辞任をした。」と認定しているのは、他の一面たる再任の決議を看過したものといわざるをえない。
三、かくて、昭和四一年八月五日の社員総会においては、「改選」の形式のもとに、確認前に前記の控訴人柏原らを取締役に再任するとともに補助参加人末広を取締役に選任する旨の決議をなすべきであった。しかるに補助参加人らは前記の実質的了解事項を覆えし、単にその一面に過ぎない辞任をしたということのみを抽出、強調したので、控訴人柏原らは「辞任したことはない、辞表の提出がない。」と争ったのである。辞任は本来各取締役の意思表示の問題であって辞任決議(機関決議)というものはないから、「辞表の提出がないのに改選するかどうかを採決で決することになり、その結果改選ということに決定した。」というのであれば、それはとりもなおさず、改選に名をかりた解任である。そして、なおその採決がくり返えされたというのであるから、控訴人柏原らはさらに解任を迫まられ、同控訴人らはなおも辞任の意思がないことを示して抵抗したこととなる。
したがって、七月二五日の総会において控訴人柏原らが取締役を辞任したとするならば、八月五日の総会における同控訴人らの前記行為は辞任の意思表示の撤回と認めるべきものである。
原判決は「新取締役選任の議案の審議に入った以上辞任の撤回はできない。」と判示しているが、控訴人柏原らは取締役改選の議案の審議に入ることについて異議を唱えたのであるから、この時に辞任の撤回があったのであり、右撤回は有効というべきである。
四、仮に前記主張がいずれも認められないとすれば、控訴人らは「前記辞任の意思表示は動機の錯誤により無効である」と主張する。すなわち控訴人柏原らは、補助参加人末広が取締役の「解選」を請求してきたから同参加人が取締役に就任したいという希望があると判断したことおよび補助参加人田中が従来補助参加人末広と対立する「(控訴人)神谷派」に同調する行動をとっていたことから解任されることはありえないと考えていたことの二点に錯誤があり、控訴人柏原らはその地位を確保するため持分を増加させることに成功したこともあって、同控訴人らは、みずからは再任されて取締役の地位を維持できるとの誤った判断をなして辞任を決意し、七月二五日その旨の意思表示をしたものである。そして、補助参加人らにおいても、補助参加人末広の請求によって開かれた総会の議案が持分処理の件となっていて控訴人柏原らが単純な辞任をする意思がないことを知っていたし、さらに前記事情から、同控訴人らが再任を確実なものと判断しそれ故辞任の意思表示を決意したものであることを知っていたのであり、あるいは知りえたのである。
右のとおり控訴人柏原らは、前記錯誤がなかったならば辞任の意思表示をしなかったのであるから、右辞任に基づいてなされた本件決議は無効である。
(補助参加人らの主張)
補助参加人ら訴訟代理人は控訴人らの前記主張につきつぎのとおり述べた。
一、昭和四一年七月二五日の社員総会において控訴人柏原ら取締役らが辞任の意思表示をしなかったとの主張は否認する。右総会においては、控訴人ら主張の持分処分に関する議案の審議終了後、補助参加人末広の請求に基づく臨時社員総会開催の件をも追加審議することとなった。そして、補助参加人末広は、議長であった控訴人柏原から求められるまゝに、「同参加人の請求は現取締役全員の辞任を求め、その後任を選任する趣旨である。請求の書面に「解選」を求めると記載したのは「改選」を求めることの誤りである。」と釈明したところ、その場で補助参加人田中を含む取締役全員が辞任する旨の意思を表示したのである。
二、控訴人らは動機の錯誤を主張するが、動機の錯誤は意思表示の効力を左右しないし、控訴人らが主張するような錯誤も存在しなかったものである。
(証拠関係)<省略>
理由
請求原因(一)および(二)の事実は当事者間に争いがない。
つぎに控訴人らの請求原因(三)の(1)の主張について判断する。
原審証人末広直治、同田中忠義の各証言によれば、「本件決議当時、被控訴人の定款上取締役の員数は一名以上と定められていたこと。」が認められ、右認定に反する当審証人小林一男の証言は措信できない。
そして控訴人相原、同神谷、同兼岡および補助参加人田中の四名が昭和四一年五月三〇日被控訴人の取締役に選任されたこと、ならびに、本件決議が、右四名の取締役全員が辞任したことを前提として行なわれたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、「昭和四一年八月五日の臨時総会においては、取締役の員数を二名とする旨の決議が行なわれたうえで本件決議がなされていること。」が認められるから、前記取締役四名の辞任が有効になされていないかぎり本件決議は無効であることに帰する。
そこで右取締役四名の辞任の効力を検討する。
(一)<証拠>を総合すれば、「昭和四一年七月二五日、被控訴人の社員である控訴人らおよび補助参加人ら出席のもとに被控訴人保有の持分の処分を議題とする臨時社員総会が開催されたのであるが、右議題についての審議終了直後補助参加人末広から右総会の議長をつとめていた代表取締役の控訴人柏原に対し、同補助参加人がさきに同年同月一五日付の書面で請求していた取締役改選を目的とする臨時社員総会の招集を求める発言がなされた。これに対し控訴人柏原は右請求に応じてすみやかに臨時社員総会を開催することとし一応同年八月五日に予定していると答え、列席の各社員も右開催に賛意を表した。そして、即日、代表取締役の控訴人柏原が主宰して取締役四名が協議し、全員一致で、同年八月五日に議題を『役員改選の件』として臨時社員総会を招集することを正式に決定し、補助参加人末広および前記七月二五日の総会に欠席した訴外小熊社員に対し書面でその旨通知した。」との事実が認められる。
(二)そして、<証拠>を総合すれば、
「1.かねて控訴人柏原、同神谷らと補助参加人末広とは対立関係にあり社員間における勢力争いをしていたものであるところ、右末広は、昭和四一年六月ころ他から持分を譲受け、被控訴人の社員の中で出資口数を最も多く有する者となって、前記の取締役改選を目的とする臨時社員総会の招集を請求してきた。そのため、当時取締役に就任していた前記四名の者のうち控訴人柏原、同神谷、同兼岡の三名は同年五月三〇日に獲得してまもない取締役の地位を失うこととなるのをおそれ、右請求の取扱いに考慮し、結局補助参加人を取締役に加えて被控訴会社の円滑な運営をはかるほかはないとの結論に達したが、右末広の次に多数の出資口数を有する補助参加人田中(取締役)の動向が不明確であったところから、いずれ開かれるべき社員総会の決議において控訴人柏原らの前記意図をより確実に実現するてだてとして、たまたま被控訴人が保有していた持分を、同控訴人らに同調している控訴人小林に取得させることを計画し、同年七月二五日に開催された前認定の臨時社員総会において右計画どおりの結果を得た。そして、従来被控訴人の社員総会において取締役および監査役を選任するについては、前役員を全員再選する場合であると、その一部を再選するとともに前役員以外の者を新たに選任する場合(結果的に増員となる場合を含む)であるとを問わずすべての場合に役員の『改選』と称していたので、控訴人柏原、同神谷、同兼岡の三名の取締役は、補助参加人末広の請求に基づく臨時社員総会において『取締役の改選』という形式で、同控訴人ら三名および補助参加人田中の再選および右末広の新たな選任(実質的には現取締役の留任と、末広の分の増員となる。)を行なおうと考え、右田中は、前記『取締役の改選』とは、結果的には現取締役の一部の者が再選されることがあるにせよ、ともかく現在の取締役の人員数と同じ四名の取締役を選任しなおす意味であると解していた。
2.被控訴人の定款上、取締役の任期は、当初、一年と定められていたが、昭和三三年五月の社員総会の決議において二年と改められた。しかし、昭和三五年以降は一年ごとに取締役全員(および監査役)の選任が行なわれ、したがって、昭和三六、三八、四〇年の前記『役員の改選』の場合は、役員のうち取締役についてはその任期の中途で右改選が行なわれたわけであるが、右改選にあたって従前の取締役が辞表を提出したことはなかった。との事実が認められる。
そこで、右認定の(一)および(二)の事実から判断すれば、昭和四一年七月二五日、控訴人柏原ら当時の取締役四名は、同人らにおいて、補助参加人末広の請求に基づいて同年八月五日に臨時社員総会を開催することを協議決定したときに、「取締役改選」の決議の成立を条件とする辞任の意思表示をしたものと解すべきであり、右認定に反する、原審および当審証人末広直治、同田中忠義の各証言、ならびに、原審および当審における控訴人柏原芳雄、原審における控訴人兼岡敏夫の各本人尋問の結果の各一部はいずれも措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そして、<証拠>によれば、「前認定のような経過で開催された昭和四一年八月五日の臨時社員総会においては、その冒頭に、議長であった控訴人柏原(代表取締役)が補助参加人末広に対し、同人から提出された臨時社員総会請求書に記載されている『取締役の解選』の趣旨をただしたところ、同参加人は、『右の取締役の解選とは取締役の改選の誤りである、取締役の改選をするのであるから現取締役は全員辞表を出して辞任してもらいたい。』と答えた。控訴人神谷は、右末広の発言から同人が同控訴人らを役員に就任させまいとしていることを察知し、『辞任する必要はない、辞表を出さない。』と発言し、出席社員のうち控訴人兼岡(当時取締役)、同小林、同星が右神谷に同調し、他方補助参加人田中(当時取締役)は右末広に同調し、辞表の提出および取締役改選をなすべきか否かをめぐって激論となり、控訴人柏原も『辞任していないから改選決議はできない。』と発言していた。」との事実が認められ、右認定に反する、原審および当審証人末広直治、田中忠義の各証言の一部ならびに各原本の存在および成立に争いのない甲第六号証および同第一二号証の各記載の一部はいずれも採用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そして、右認定の控訴人柏原、同神谷、同兼岡(以上いずれも当時の取締役)の言動は、同控訴人らがさきになした前記条件付辞任の意思表示の撤回にあたると解すべきものであるところ、右の撤回は条件が成就するまでは自由にこれをなしうるものであって、取締役の辞任を前提として新取締役の選任を目的とする社員総会が開催されても、少なくとも新取締役選任の議決の手続が開始されるまでは撤回が妨げられるものではないから、前記辞任の撤回は有効になされたものと認めるのを相当とする。
そうすると、前記の控訴人柏原ら三名については取締役の終任事由がなかったこととなるから、右終任事由の存在を前提とする本件決議は無効であることに帰する。したがって控訴人らのその余の主張について判断するまでもなく、本件決議の無効確認を求める控訴人らの本訴請求は正当として認容すべきことが明らかである。
よって右と結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消して本件決議が無効であることを確認する旨を宣言する。<以下省略>。
(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 川添万夫 秋元隆男)